浪人して京大落ちた人の箸休め~'18

昔浪人して京都目指してました。

(無印)

blogなんてのはホントは自慢話をするためのものだと思ってて、でも、自分には自慢できるモノなんてないし、今までの記事もそんな内容のはなかった(はず)。

 

もし、合格体験記を書けることになっていれば、「夏休みとか全く勉強してなくて~、でも、不安なんて全っ然なかったんすよ。そんで、蓋を開けてみれば「合格」。発表の瞬間は喜びの感情より、とにかく龍が如くやりてーって感じっす。」とでも書いたのでしょうかね笑

 

何を虚しいこと言ってるのだ、とツッコミが聞こえそうですが、そうかもしれませんね。きっと忘れられないのでしょう。たしかに最近、日常で嫌なことがあると真っ先にこの受験の結果のせいにしたり、違った今を妄想して無いものを数え出す傾向にはあります。

 

打ち込もうとしたモノにはひょいとかわされ、本気を出しても成長は見られない、日に日に衰えていく姿をボーッと見てる。それではいけない!と発起しても当然困惑。だから、これで~いいのだ~。と言うことの許しを自分自身に請うている。一度もしたことのない満足のラインが余計に遠ざかってる気がするから焦るけど、遠すぎて距離感もつかめず方向も定まらない。これこそ、モラトリアムか。

 

虚しくても、「虚しさ」はあるから、と励まされて、ヤケクソになる。それもいいかも。

 

なーに書いてるんだか。

 

今日はこの辺で、ばいちゃ。