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京都行きたかった、浪人生だった人の箸休め~'17

浪人して京都目指してました。

僅かな人

新歓とは楽しいような疲れるような。。。

 

個人的には部活(サークル)は人数が少ない方が好みでして、(同学年は)10人くらいに収めてほしいところ。偶然多すぎるなんてのは、あまり嬉しくない。

 

そして、まず欲しいのは、勉強する友達(仲間)。大学で初めて学習内容についての質問をしたのですが、そのときの教授の反応が嬉しかった。何故かというと、今までにないくらい歓迎されたから。(と表現するのが正しいはずです。)ひとつ前の人もした質問だったのにも関わらず、「全然いいよいいよ」と丁寧に説明してくれた。

 

少し顔も覚えて話した人もちらほらと出てきましたが、あまり積極的に話したいと思える人がいないです。最近はどうも話してる相手と二人でいるときの沈黙が耐えられなくて、それを避けるために、すぐ一人になりたがるんです。まぁ、それでもいいかな、と正当化(?)しがちなのは昔からですが。

 

だからこそ、沈黙が耐えられる間柄の友達がいるのが余計に嬉しいです。

 

 友達にすかれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹を決めて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になる。

岡本太郎

 

(そうかもしれないけどさぁ。。。

と言いたくなりますけどね笑) 

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。

 

 

3の倍数の日はアホになり、5のつく日にはバカになる行為のメリットを考えるのは15日がいい。

大学もガイダンス程度が始まり色々と慣れていくのに苦労しますが、なんといっても「友達作り」これが苦労しますね。笑

まあ、(サークルとか入れば)そのうちできるでしょ~って安易な気持ちでいるので不安は無いんですけど、作るのには皆苦労してそう。

ただ、友達なんて偶然なったり、必要に応じて出来たり、作ることを目的としてなくてもわりと自然とできるもんだと思うので、友達が出来ない事が「悪い」とか下に見られるようなことでは決してないと思います。少なくとも、作らなきゃと強迫観念に晒され、それに押し負けて作るよりもずっと良い。

大学では物理学科なので、物理の授業が中心なのですが、まだ一年生なので大半が基礎科目の様です。理工系ならどこでも必修であろう科目ばかり。それと、始めたばかりだからなのか、みんな意識が高いです。こういうのにはどうも一人で対抗したくなる所ですが、その気持ちは抑えて情報等を「シェア」でもしてなんとかして生きて行きます。

 

今は、少し先を見越して勉強しつつ、新たな目標を立てております。まあ、まだはっきりと決まってないのでそのうち言います。

 

と言いつつも、今考えているうちの一つでもある(疲れるし、好きでも得意でもないが)「読書」を定期的に行いたい。

ただ、ネットで探すお薦め文庫が中々書店に行っても見当たらなくて(見当たるのは分厚いやつばっか)、中々一冊目に取りかかれない。

ちなみにジャンルは特に決めてなくて、小説(過去に数冊)詩集(読んだことない)哲学書(ハードル高そう)科学書(たまに読むが、本によっては挫折する)論説(本としては読んだことなさそう)等々ですね。

(経験上、こうやって決めると逆に読まなくなりそうですが。。。)

 

何ゆえに人は多数に従うか。彼らがいっそう多くの道理を持っているからか。否、いっそう多くの力を持っているからである。

パスカル

 

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。

腐った動機

周りを見返すためにとにかく一番を取りたくて勉強する。

とか

こいつと自分が同じレベルにいるのは許せなくて勉強する。

とか

お前には出来ないと言われたような気がして躍起になって勉強する。

 

どれも共感はするし、日常でこれを動機にすれば強いというのも分かっているつもりでも、自分自身はこうありたくないという、わがままで傲慢な思いが消えないんです。

 

これの裏にあるのが、逃げだったりというのがある気もしますが、どうしてもこの動機を肯定できない。

 

ただ、上で言った通り、この気持ちは恐ろしく強く持ってて、使う準備は万端なんです。その影響もあって、余計に悩ませられるんです。

 

善い悪いの問題ではなく、また、結果としては成績が上がれば同じことなので、そこは気にしてないのですが、その後の人生が問題だと思ってるせいで悩んでるんです。

その学問への興味そっちのけでやったら、後になってやりたいことと違った(やりたくない)なんて事になりかねないじゃないですか。だから、常に自問しながら進めたい。でも、それでもやっぱり興味なかったと気付いたところで、だいたいは中途半端か引き返すと社会的マイノリティ(ここでは悪い意味)になりかねないので、後者にもリスクは同じくらいあるのかもしれない。(ゴール地点が見えてもいないのに、道を逸れるだどうのの話なんてアホらしいかもしれないですけどね。)

 

ここまで書いといてなんだよ。って思うかもしれないですが、今年(するかどうかもわからないが、)再受験をするならゲームみたいに気楽にやりたいですね。背水の陣じゃない分、楽しめるというメリットがあるので。

だから、動機なんてどうでもよくて、受かってからその道が正しいか決めてもまだ大丈夫。だから、初めに書いたような、(自分の持ってる何の価値もないプライド的にはNGな)動機でいくつもりです。

 

順風に大学生活をするには内心の制御が大事な年度になりますね。

 

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。

独学ー

毒ガス独学

最近思い付いた早口言葉です。

 

今年度も残すとこあと3日。

大学生というのは何だか怖いです。

飲み会の誘いを断るのは訳ないんですけど、上手く溶け込むのが難しそう。同類だけと付き合う事が良いこととは思いませんが、きっと同じ考えや気の合う人を見つけるのは難しい。

 

話変わります。考えてみると、ブログに書いてる事って嘘が多かったな、と。いや、嘘というほどではなくて、理想みたいなのを書く事が多くて結局達成出来なかったということです。

書いておくことで、出来た(出来る)ような気になって少しだけ楽になるためにそうしてたのかもしれないです。

今はやらなければならないことがほぼ0なので、「止まって」物を考えることができる大事な時期だと思います。

浪人中は止まってるつもりでも、スタートを急かされてる気になって大胆に時間を使うことができなかった。

だから、今は嘘を考えなくてもいい。素直になれたりする。

何かに撃たれすぎたのか、浪人中の偉そうな言葉はほとんど出なくなりましたね。

でも、それでいいくらい。ちょうどいいくらいです。

 

 

 経験を賢く生かすならば、何事も無駄ではない。

オーギュスト・ロダン

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。

後期

本番の手応え通り後期は落ちてました。

受かっても補欠だろうと言ってるのとは裏腹に、もう既に私立行く準備バッチリです。

 

僅かに再受験するだのドゥだの考えてもみましたが、ーそれを決めるのも、後押しするための不満に溢れた現状もー、ずっと後にならないとさっぱりわからないもので、今できる事やるべき事に集中することにしました。

 

有名な話ですが、上原浩治選手の背番号は浪人した経験からその時の年齢19を野球ができなかった悔しさを忘れないために、使ってるそうです。

不満や悔しさはエネルギーになる、でも、それだけでは行く道を正すことは出来ない。それは、エネルギーがあればそれを要する辛い道に進もうとするけど、辛い道がしたい事に繋がるとは限らないから。

なーんて考えは昔から相変わらずでも、一度でいいからそういうシンプルなエネルギー体になってみたいとは思っています。

 

「自分は自分。」困ったときのお決まりの台詞。これは真だと思うけど、自分は自分である人は見たことがない。(恐らくこれを貫き通そうとすれば自然と社会から追放されるであろうから)

だから、遊びに行くときなんかは、どこか片隅にそっと置いていきたいけど、長旅をするなら、いざとなったときの為に一応リュックには詰めておく言葉。

 

半年ほど前から、とりとめもなく書くスタイルになりましたが、来年以降も続けていくんでしょうかね。それはその時にならなきゃわかりませんが。

 

とにかく大学生、どうしようか。

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。 

 

ごまかし気味なポジティブ

こんばんは。

後期ですが...合格最低点的に余裕と思ってたら(決して油断してたとか、甘く見ていて手を抜いたのではなく)フツーに今季最大に失敗しました。(どちらかと言うと落ちてる)

 

まあそれなりに凹むわけですけれども、課題が見えて失敗するのとワケもわからず失敗するのだったらどっちが良いのでしょうかね。それが再挑戦するかどうかにかかわらず自分は課題が見える方が良いです。

(失敗したときの後悔は早い方がいい)

 

結局大学では物理を主にやるんですが、本来は地球科学をしたくて、受けた大学のうちガッツリ地球科学できるとこは全部落ちた(後期受かってたら出来るが...)のでこういうことになってます。

ただ、不思議とやる気は高いですし、受験勉強は好きじゃないのに勉強は好きになってて、「もう大学ここでもいい、自分は自分」って思うようになった事には少し驚いてます。(こんな考え方になっているのは、一年前の自分からすると不本意な結果になった以上、こう考えなければ生きていけないからかもしれませんが、それもまた事実で隠す必要も否定する必要もないでしょう)

 

同期で浪人した高校の友達の中には、第一志望に、(合格に決定的な実力を持ちながら)落ちてしまい新生活に悲観的な人もいます。でも、悲観的でも行動は起こしていくことは出来ますし、それでこそ見えることもあるし、悔しさに変われば(少しズレたことでも)やる気に繋がるでしょうから何も問題じゃないんですかって勝手に思ってます。どっちにしろ、この一年は一年で確かにあったってことの証拠としてある感情なので。

 

今は大学での物理や数学をその勉強の道しるべ(勉強法)とともに学んでます。加えて、英語も大事だと聞いたので、ファインマンの物理学講義(英題「The Feynman Lectures on Physics」)の原文を、ネット上の無料でダウンロードできるようになってるサイト(公式)から拾って「背伸びして」読んでます。ただ、いくら使われてる英語が平易とはいえ、こんな長い英文、理解しにくい内容だと終わる気がしないですね。(全900ページくらいあるそう。。。)英語の勉強と割りきって読むしかなさそうです。

 

後期は受かってても補欠になりそうなので、発表日の21日には記事を書く事にはならなそうです。

 

今日はこの辺で。ばいちゃ。

 

結果発表(前期)

お疲れさまです。

結果から言うと、落ちました。

 

試験終わってからの二週間は今までで一番長く感じましたね。

(去年は理科が高く見積もって得点率2割ってのが終わった瞬間に分かったのでなんともありませんでしたが。)

 

時間の経過と共に、後期でもなんでもいいから地方に早く行きたい。って思いが強くなりー

終わってないのに色々と反省したり、期待したり、言い訳を考えていたり、不可抗力だけども浪人を振り返ってばかりでした。

 

これはまた落ちた時の保険だった(?)とか言われそうですが、(ネガティブを知った上での)ポジティブの思考回路が強くなり、きっとどこの大学でも上手くやっていく精神力がついたんでそれが何よりの収穫ですね。

 

 

そんなことより余計に後期に力を入れなきゃならないので、今日はこの辺で。結果で返せてませんが、応援してくれた方に感謝です。

ばいちゃ。